アフリカの子供達の支援を目的として活動しています。

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コンゴ民主共和国

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コンゴ民主共和国で、「オザワ サントス」君の
日本人の父親を探しています。


約25~30年前に、旧ザイール共和国にて、日本のODAの資金で、マタディ橋の建設をしました。
その時、企業からエンジニアとして派遣された多くの日本人男性とコンゴ人女性との間に子供達が産まれました。
そして、その子供たちの何人かが、ストリートチルドレンとして生きてきました。
その中の一人が「おざわ」という男性の子供です。
母親の名前は、母親の名前は、カサイ州ブカブのアントワネット・ミンガシャンガさんです。
 彼女は、何度か中絶をさせられたので、一人田舎に帰り、サントス君を密かに産みました。
そのため「おざわ」氏は、自分の息子がいることを知らないと思います。
おざわ氏が日本に帰国してから、小包をアントワネットさん宛てに送られたようですが、親戚が受け取ってしまい、何が送られたかわかりません。
彼女は、産後すぐに亡くなり、妹さんが育てていたそうですが、彼女も亡くなり、叔父に預けられましたが、幼い頃から、自分で食べ物を探して生きていたそうです。
学校も、日常の生活も知りません。結局、サントス君は、ストリートで育ちました。
年齢も定かではありませんが、同郷の同じ境遇の仲間が、25~27歳ぐらいだと教えてくれただけです。

 私たちNPOは、彼が自活ができるための支援をすることにし、衣服や携帯電話を買いました。
彼は、バスの呼び込みなどで、小銭を稼いでいますが、家はありません。
8月、ストリート仲間が、ギャングをしたことで、一緒に警察に連れていかれ、約2週間行方不明になっていました。スタッフが海外に研修旅行に行っている間のことでした。
警察に迎えに行き、出させてもらえましたが、すでに激しい下痢の病でした。
NPOから、送金したお金は警察に没収されました。
しかし、出生届もないため、借りる家も仕事もありません。
あちこちスタッフも探しましたが、ないため、とうとうスタッフの家に住ませてもらっています。
性格は、温厚で、誠実で、素直なのでみんなから愛されているそうです。
9月からは、小学校の放課後に、勉強させてもらっています。
その生活費の一部は、皆様からの支援金から、月々送金させていただいております。
 サントス君は、自分の父親と母親は、深く愛し合っていたが、結婚できなかったと純愛を信じています。
私たちんも、早く、「オザワ」氏が見つかることを願っています。


2007年7月
おざわサントス君です。 
とても小柄ですが、日本人の面かげがあります。
「日本人の父親を探してください。」と名乗り出てきた頃の写真です。





11月
おざわサントス君 学校に通い初めて2ヶ月目です。
髪の毛を切って,前列左下のうつむき加減にボールペンを持っている青年です。



黒板に「SANTOS」と書いています。

学校の名前は、「Associetion chretiennepour le developpement solidaire(ACDS)」。
キリスト教の組合の寄付で運営されています。
約500名の生徒と10人の先生がいます。




 2007年の11月10日現在の近況は、毎日,子供達と学校に通っていますが、
幼い頃から、ワクチンもしていない上、生活が変わったストレスからか、
下痢や嘔吐で、体調を崩しやすいです。
メンタルチェックに病院へ通わせています。


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